interview no.121  劇団こむし・こむさ
 



劇団こむし・こむさ
1968年から4年間、公演活動をしたのち休止、43年後の2014年に活動を再開させた劇団こむし・こむさ。劇団の旗印は、「オリジナル作品の上演」です。
d-倉庫での復活第1回公演は「右から三つ目のベンチ」。人の心の奥に巣食う、階層の意識について、問いを発しました。
第2回公演は「たった二軒の回覧板」。誰の身にも迫ってくるであろう老いや病いの中で、人はどう繋がり合えるのかを探りました。
今年の第3回公演は「啄木の蒼き影法師」。明治時代の末期、貧しさや家族の重さを背負いながら、必死に文学を求め続けた石川啄木の生き方を辿ります。

★劇団の代表者でもあり、作・演出を担当している野村勇さんにインタビューをしました。

    復活したという劇団こむし・こむさも、今年で復活3年目です。3年が経過して、今、どのような劇団になりつつありますか?

劇団オリジナルの作品を上演するというコンセプトでやってきて、3年目を迎えました。1、2年目は現代の市井の人々を主人公にした舞台でしたが、3年目は明治時代の末期に生きた石川啄木を取り上げました。これは、歴史物に今後も向かうという「変化」を示したものではなく、作者が温めている題材の一つであった「石川啄木」が、今回戯曲という形になったということを示しているだけです。
次回はまた、現代に戻るかもしれませんし、別の時代に遡るかもしれません。日本を離れることもあっていいと思っています。それだけ、演劇は自由であり、そこに演劇の魅力を感じています。
たった3年で、こんなことを言うのはおこがましいのですが、一つのものだけではなく、多様なものをやれるかもしれない、そんな劇団になりつつある、と言いますか、なっていけたらと思います。

    40年が過ぎ、還暦を越えて再結成したメンバーが中心ですが、この年齢を迎えて芝居を再開したことを、改めてどのように評価していますか?

いわば第一次の劇団こむし・こむさが公演活動をしていた頃(1970年前後)は、いわゆる「新劇」と言われる演劇が盛んだった時代です。その一方で、「小劇場」の運動も起こっていて、こちらもまた社会に強い刺激を与えていました。伝統的な歌舞伎の世界にも中村歌右衛門という大きな存在があり、光を放っていました。それらの演劇に触れながら、4年間の公演活動をしたわけですが、社会が大きくうねっているような熱い時代でしたので、当然、その波にもまれるような4年間でもありました。
それから40数年後、劇団こむし・こむさを再開させたわけですが、演劇の状況は全く変わっていました。大小を問わず劇場の数が増大して、その劇場では毎日のように演劇やミュージカルの公演が行われています。チケット代の高さにも驚かされます。演劇というと、昔は劇団による公演が普通でしたが、今はプロデュース公演も盛んです。映画やテレビのスターやアイドルたちが演劇の舞台に立つ姿は、かつてはほとんど見られなかったものです。
演劇界は今、隆盛を誇っているように見えます。その中で、私たちのような劇団が活動を続けることにどんな意味があるのか、ということになります。第一次の劇団こむし・こむさと、第二次の劇団こむし・こむさの間には、40数年の時の流れがあるわけですが、その流れをいっきに飛び越えることは出来ません。むしろ、意識的に、飛び越えない方法をとったらどうかと考えています。新劇と小劇場と伝統芸能とがせめぎ合っていた時代から再びスタートして、一歩一歩模索していく。その結果、どのような演劇が可能になるのか? そんな実験が出来るのではないか? 私たちの芝居の再開には、そんな意味があるような気がしています。

  

    復活第2回、復活第3回と、これまでの枠を越えた新しい若いメンバーが参加するようになりましたが、若いエネルギーをどのように見ていますか?

高い年齢の演技者は、その年齢でなければ出来ない演技を可能にするということも事実ですが、若い演技者にもまた、その年齢でなければ演じられないものがあります。劇団こむし・こむさは、シニアの劇団を目指しているわけではありませんので、メンバーの構成としては老若男女が混在していることが理想です。そうでないと、さまざまな年代の人物が登場する作品を上演することが出来なくなるからです。
若いメンバーの不足は、今年の作品「啄木の蒼き影法師」の配役にも影響を与えました。「啄木の蒼き影法師」の主人公である石川啄木は、満26歳の若さで死にました。そういった年齢の啄木を舞台に登場させる方法として、まず順当なのは、年齢的に近い、若い演技者に演じてもらうことです。しかし、今回、そのようなキャスティングが叶いませんでしたので、芝居の構造を変えて、高い年齢の演技者でも演じられるように工夫しました。そのような工夫が許容されることも、演劇の面白さでもありますが。
第2回・第3回での若いエネルギーのうち、一人は劇団のメンバーとして加わり、あとの二人は客演という形での参加です。劇団のメンバーとして、一緒に芝居を作っていこうと思ってくださる若い方を増やしていけたらと切実に願っていますが、同時に、すでに演劇やミュージカルに出演している方の客演もまた、追求していければと考えています。
年齢を問わず、新しいメンバーや客演者のパワーは、今後、公演活動を継続させていく上で、欠かせないものです。

    復活第1回は雇用形態によって分断される労働者の現場を画きました。第2回は、高齢化による認知症の問題に斬り込みました。いずれも社会性の強いテーマでしたが、第3回の今回は、ガラッと趣向を変えています。劇団としての連続性、あるいはアイデンティティとして、どのようなことをお考えですか?

今回の「啄木の蒼き影法師」は、前2作と、たしかに趣きが変わっています。 前2作はともに現代で、無名の市井の人を主人公にしていました。対して今回の作品は、明治時代の有名な文学者を主人公にしています。芝居の運び方も、民謡、読経、詩吟、寮歌、端唄、口笛などを取り入れて、出来るだけ軽快に進行させていきたいと考えています。
私の家の書架には、古い、石川啄木の詩集や歌集、小説集、評伝などが残っています。本を読み終わると、その日付を巻末に記しておく習慣が私にはあり、それを見ると、それらの本はほとんど1969年から1971年頃に読んだものだということが分かります。20歳から22歳にかけて、私が石川啄木に興味・関心を抱いていたことが、このことから分かります。20歳~22歳というと、高校を卒業したあと、3つ目の職場に就職をした頃にあたります。一人でアパート生活を始めた頃でもあります。当時の私にとって、石川啄木は重要な何かでした。その実感が40数年ののちに、「啄木の蒼き影法師」を私に書かせたと言えます。
おそらく、実際に芝居をご覧になっていただくと、ああ、やっぱり、同じ作者の作品だなあと、感じられるのではないかと思っています。
「劇団としての連続性、あるいはアイデンティティ」ということですが、「劇団として」何らかの話し合いを行った上で、作品が書かれたわけではありません。 あくまでも、作者の内面から湧いてくる創作の欲求の結果としての産物です。そうして、3つのオリジナル作品は書かれてきました。
もし、「劇団としての連続性、あるいはアイデンティティ」を厳密に追求するとすれば、オリジナル作品を生み出すシステムを変更していく必要があるように思います。どんな作品を上演しようとするのか、「劇団として」の話し合いを組織し、それに合った戯曲をメンバーの誰かが書くか、集団で創作するか、メンバー以外の誰かに依頼する、ということになります。
しかし、それが現実として可能であるのか、という問題があります。家内工業的な小さな劇団の場合、座付作者が産み出すものを信じてもらうしか術がないように思われるのですが。

 

    2年間、2回の公演を経て、芝居を観てくれる観客との関係が少しずつ生まれつつあると思います。今後、顧客との関係はどうありたいと考えていますか?

1回目の公演のときから、アンケートを大切にしてきました。演劇の公演では アンケートが付き物ですが、アンケートの結果を目にすることはほとんどありません。そのような、一方通行のアンケートが普通なのですが、そうしたくありませんでした。アンケートに書かれたご意見・ご感想を、プライベートに関わることは省かせていただいた上で、劇団のホームページに掲載することにしました。また、第2回公演のときには、第1回公演の際にいただいたご意見・ご感想を印刷して、お配りしました。今年の公演でも、昨年いただいたご意見・ご感想をお配りすることになると思います。
また、アンケートにご住所やメール・アドレスをお書きくださった方々がいらっしゃいます。次回の公演のご案内をさせていただくためのものですが、今年は、上演戯曲が決定した際に、メールあるいはハガキでお知らせさせていただきました。この、メールや郵便を使ったお知らせの内容を、なんとかもっと充実させていけないものかと思っています。
第1回からずっと見続けてくださっている方の言葉が印象に残っています。それは、「第3回公演は、おなじみさんとして見に行く、ということになる」というものです。1回目はお付き合いだったのかもしれません。しかし3回目ともなると、その関係は深まります。その深まりつつある関係を、ご破算にするような芝居を作ることは出来ません。芝居を続けるということは、いよいよ増していく観客の皆さんへの責任を果たしていくことなのだ、そう思います。その、ヒリヒリするような関係こそが、いい芝居を生み出す土壌になるような気がします。

    劇団員は、それぞれに家族や仕事を抱え、日常生活の中にあります。芝居を続けるためにどのような苦労がありますか?

困難の第一に挙げられるのは、「稽古」です。1日のうち、稽古に使える時間 帯はいつなのか。1週間のうち、稽古に来られるのは何日なのか。平日の方がいいのか、休日の方が可能なのか。
そういう各人の条件を考えて、実際におこなってきた「稽古」の在り方は、ゆったりとしたペースで、ぽつんぽつんと稽古をして、本番に向かっていくというものでした。第1回目の公演などは1年以上、第2回公演は約10か月、一つの芝居に関わっていました。
しかし、この「ゆったりペース」には決定的な弊害があります。稽古と稽古の間に何日も空白の日が続きますので、稽古が積み上がっていかないのです。そこで今年は、少しでも稽古と稽古の間を詰める予定を組みました。それでも、読み合わせから始まって本番まで、7か月間かける計画になっています。できれば、もう少し短縮できないだろうかと考えています。
「公演日数」の問題もあります。1年目は1日1回公演でした。2年目は1日2回公演、3年目の今年は2日3回公演としました。公演の前日に劇場入りをしますので、今年は計3日間、d-倉庫をお借りしました。仕事を持っているメンバーは、3日間休みをとることになります。仕事だけでなく、介護の必要な家族がいるメンバーもいます。次回以降、公演回数・公演日数をどうしていくかを考えて行くときに、この辺りのことが問題になるかもしれません。

 

    『啄木の蒼き影法師』では、どのような点に注目して観てもらいたいですか?

くしくも今年はちょうど「石川啄木生誕130周年」に当たります。ドナルド ・キーンさんが新潮社から『石川啄木』という厚い評伝を2月に出され、少し話題になりましたが、それ以外には石川啄木について見聞きすることは、私の知る限り、ありません。130周年がどうした、という意見もあるでしょうが、そんな年に石川啄木を題材にした戯曲を書き、舞台にのせることが出来ることを嬉しく感じています。
戯曲を書くときに、たくさんの資料を読み返し、また新しい資料からも学びましたが、何故か、石川啄木の側らには、その生涯を通して、一人の人物が存在しているような気がしました。その人物は、私の想像の産物ですが、肉体と言葉を与えて、舞台に登場させることにしました。
石川啄木が文学者として活動した年月は短いものです。しかし、その短い期間に、啄木は脱皮を繰り返します。詩人から歌人へ、そして小説家へ。彼が「こう在るべき」と考える小説についても、一つ所にとどまってはいません。先へ先へと進もうとします。そして、最後には思想家としての顔を見せるようになります。彼は常に何かを求めて、生きました。その啄木の怒涛のような生き方が、私には実に魅力的に映ります。
啄木はお寺の住職の息子として生まれました。ずっと、父親が寺の住職を務めていたら、啄木の生涯の苦労の半分以上は軽減されたのではないかと思います。しかし、石川家が寺から追放されてしまったために、啄木は漂泊の旅を続けることになりました。その貧しさや病いとの闘いは、劇団こむし・こむさの今までの芝居の中の、市井の人々の悲しみや辛さに通底するものだと考えています。
インターネットを見ると、啄木が借金を踏み倒したり、嘘をついたり、芸者と遊んだり、浅草の娼婦と寝たりしたことを、暴露的に書いたものがありました。それらのことは、今になって分かったことではなく、書物を読めば書いてあることです。それを読んでも、啄木を人間として軽んじる気にならなかったのは、啄木の文学に実際に触れていたからです。2016年の今、石川啄木を取り上げるのは、インターネットに書かれた上記のような「暴露話」に対する、私なりの答を見つけたかったからかもしれません。
ながながとしゃべってきましたが、「啄木の蒼き影法師」では、演技者各人が、演技をすることに喜びを感じながら、のびのびと役を生きている、そんな光景を現出させられたら、どんなに素晴らしいことかと考えています。スポーツ選手たちが、大会が始まる前に「楽しみたいと思います」などと発言するのをよく聞きますが、実は「楽しむ」ことはとても難しいことなのではないかと思います。
私たちのお芝居も、演技者たちが楽しんで演技するところまでは、まだ行っていません。しかし、少しでも、その境地に近づけないものかと思っています。そうして、観客の皆さんとお芝居の楽しさを分かち合えたらと思います。

 

    劇団こむし・こむさの活動は更に進んでいくと思われますが、今後、取り組みたいと考えているテーマ、あるいは分野があれば、教えてください?

第1回と第2回のお芝居の主人公は、ともに学校の教師でした。しかし、その舞台は学校ではありませんでした。学校の現場を舞台にした作品を書こうと、以前から考えていましたが、今回の「啄木の蒼き影法師」の方が先に出て来てしまいました。
第4回公演のために書こうと考えている戯曲も、学校現場の話ではありません。学校現場の話はまた後回しになりそうです。どんな作品が出て来るのか、自分でも未知数のところがあり、短い言葉では言い表せません。

   

劇団こむし・こむさ
復活第3回公演
『啄木の蒼き影法師』
日程 > 11/1(火)&2(水)
hisamatu@s9.dion.ne.jp

11/1(火)19:00
2(水)14:00/19:00