【今年を振り返って】
一昨年、昨年に続き審査を担当した。36組のうち20~30分の作品が大半ながら総じて見ごたえある。「例年になく粒ぞろい」「レベルが高い」という声も耳にした。が、手放しでは喜べない。全体の底上げはあるにせよ、強烈な個性を持った創り手・インパクトのある作品が減少している感もある。広くシーンを鑑みても同様のことが言えるのだが……。
参加者の幅が広がっている点に注目したい。大学ダンス出身者、欧州でダンスを学んだ人などが増えている。今年は内外のコンペティションで評価を受けた気鋭の参加も少なくなかった。彼らにとってアーティストとしてさらなる高みをめざし、社会的な評価を得るため再び勝負をかける場として捉えているのだろう。男性ソロの意欲作が続いたこともうれしい。多様な才能をキャリアの有無関係なしに受け入れる懐深さこそが「新人シリーズ」の特徴である――その思いを新たにした。表現者たちを守る砦であり続けてほしい。
講評会にも多くの参加があった。みな出自やキャリアは違う。でも、いま、この国に生き、表現しているという点では、同じ問題意識を抱えた仲間といえる。みずからと真摯に向きあい地道にダンスの道を邁進する人たちが、意識の上でもよいから手を携え、日本の、いや世界のダンスシーンを実り豊かなものにしていくことを願ってやまない。
【審査について】
原則1組の新人賞を選ぶ。昨年は“怪物”川村美紀子が圧倒的支持を集め、それに次ぐ高評を得たビルヂング(加藤紗希)がオーディエンス賞に選出された。ただ、そんなのは稀。多種多様な上演があり、審査委員の守備範囲や舞踊観も違う。今年は評価が分れた。
個人的な審査基準は例年同様。心揺さぶられ、刺激を受けたものを挙げたい。ポイントは3つ。1つは「インパクト」。いかに観客に訴求するプレゼンテーションができているか。2つ目は「新しさ」。手法・表現・感性なんでもいいが新鮮な驚きがほしい。3つ目は「パーソナリティ」。独自の色・味わいあってこそ観るものの心に残るのではないだろうか。
そして、後述する個人的に強く推した2組を選んだ最終根拠となるのが舞踊の質だった。いかに身体を使っているか、どのように身体を動かしているか。そこに注目した。
【推薦した3組】
審査の際、昨年同様まず各審査委員が推したい3組を挙げることになった。
愛智伸江×永井由利子『WHITE LETTER』
冒頭で手紙を持った愛智。メイド服姿の永井。ふたりが交互に踊り、やがてデュエットを踊る。陰影深い照明変化と絶妙に溶けあって言葉にならないような「思い」が「身体」で雄弁に語られる。時空を超えて行き来する深遠で美しい叙情詩にすっかり魅了された。
振り付けの肌理の細かさに注目。バレエのステップやコンテンポラリー・バレエ特有の身体づかいを発展させているのが新鮮だ。アティチュード(軸足ではない方の足の膝を曲げて立つ)のようなバレエのステップに手を加え動きの流れのなかで感情の機微を立ち上げる。巧緻で美しく洗練されている。技量、構成力、照明・衣裳などの美的造形いずれとってもクオリティが高い。ことに照明は特筆すべき。転換の巧みさ絞り具合の細かさには脱帽した。
意欲作の登場に興奮したが他の審査委員の支持は得られなかった。「ウェルメイド」な点は認められたがスタイルがさほど新しくないということらしい。そうは思わない。少なくとも動きに関しては高度かつ清新。新しい感性の反映された現代ダンスとして鉱脈を掘り当てつつある。磨き抜けばインターナショナルな水準で勝負できるはず。愛智は現在、中村恩恵に師事。永井はNoism2を経てフリー。大魚を逃した感が強い。痛恨の極みである。
宝栄美希『pendant』
暗闇から現れ、地面に点在するペンダントを拾いつつ首にかける。上手ミラーの前で首を傾けペンダントを落とす。そして、それを投げ回るといったことを展開しながらのソロだ。
ペンダント=身体の装飾。他者にみられること、自我の象徴といえる。自我との葛藤をあらわしたもの?だが、宝栄のダンスはモチーフの絵解きではない。関節の柔らかい肢体を俊敏かつ細やかに用いた迷いのない踊りからせつせつと伝わるのは、言葉が生まれる以前の始原の世界に触れたかのような感触。筆舌に尽くし難い感動がある。舞踊という人間の根源的な表現手段――人類が社会を形作る以前から存在する――に接すると、言葉や概念では語りえぬ表現に心打ち震えることがある。「思い」を直球で表出するだけでは起こりえない。宝栄の繊細極まりない振付(体の動かし方・使い方)あってこそ。傑出した舞踊家/振付家であると再認識した。ペンダント、ミラーを効果的に用い音響や照明も質が高い。
「横浜ソロ×デュオコンペティション2008」審査員賞・MASDANZA賞。「MASDANZA13」ベストダンサー賞。若いがキャリアある人だ。天才肌の踊り手だが「作品」を創れない訳ではない。今回「新人」としてソロに挑み、自分との勝負に負けなかった。惜しくも賞に届かなかったが果敢なる挑戦は必ずや次につながると信じたい。この人の踊りをみるにつけ、硝子細工のように繊細な感性だと感じる。踊ることによってしか救われないのだろうか……。けれども観るものの心に深く分け入り浄化してくれる稀有な踊り子なのである。
COLONCH『エスケープ』
2008年、お茶の水女子大学文教育学部芸術・表現行動学科の同期生によって結成された。集団創作がウリであるが、優等生的な作舞・構成に終始し、パッとしない印象だった。
今回は進境を感じた。やはりダンサーの力量が高い(阿久津孝枝、中津留絢香、長谷川風立子、東島未知、藤澤優香が出演)。見せ場を心得た群舞や各々の個性を示すソロの配し方も常套的ながらも機能していた。そういった土台がありながら、「いま」の時代に生きる、大人になりきれないような、さまよえる女子たちの行き場のなさみたいなものが切実に出ていた。ラストに余白があり余韻を深めていたのも印象的。音響(牛川紀政)や照明も質高い。
全体を振り返ると総合力の高さ、インパクトある舞台という点でCOLONCHが浮上してきた。集団としての色が見え難く迷走状態にも思われたが、今回は彼女たちの「等身大」を奇を衒わずに表したことが功を奏したか。正直さほど評価していないが無視できない存在。
大学ダンス出身者がダンスシーンを豊かにしているが、既存の価値観や手法に囚われ自家中毒気味の人たちも少なくない。COLONCHにしても、そう。ユニットとしての方向性や作風が未知数すぎるのは明らか。一体どうするの?でも、大学卒業後それぞれの仕事を持ちながら集い、意見をぶつけ合いながら「いま」という時代と格闘する真摯な姿勢を買おう。地道に活動する大学ダンス出身者の希望となるべく一層の研鑽に励むことを求めたい。
【他の有力先品・注目作】
審査過程で、まず36組→8組に絞られた。前述の3組と以下の5組である。
7g(ナナグラム)『全力スキップ!!』はバレエ「白鳥の湖」の音楽を使ったファンタジー仕立ての佳作。奔放で楽しい。林七重はバレエやジャズダンス、コンテンポラリー・ダンス等経験豊富らしく振付に日常的な動きも取り入れるなど創意十分。今後が楽しみだ。
水越朋『しかるべき場所』は三味線の内海正孝との協同作業によるソロ。人形振りのような動きも織り交ぜ力強い三味線の響きとスリリングにせめぎあう。音感の豊かさが際立つ。独特な透明感と吸引力ある面差しも印象的。期待の新鋭である。
欲張りDDD『重過ぎるダイヤ』は石橋愛と渡邊愛祐美のデュオ。交わらないふたりの距離・関係を、白い紙の通路、赤い薔薇?の花といった小道具も使い浮き彫りに。明確に絞った色彩感覚が効果的。ブラックボックスであるd-倉庫の空間で映えた。
政岡由衣子『暴露ミー』は政岡含む3人の女性が、ミニマルな動き、激しい踊り、個性にじむソロを多彩に変化する音楽とともに展開する――と書けば面白くもなんともないが、場面・身体の質感の変化がポイントのコンセプチャルなダンス。後味さわやかなのがいい。
Cookie×Cream『にせもの』は女子高生たちの「いじめ」を扱っている。ピナ・バウシュ的なタンツ・シアターの手法を用いた群像劇。生々しいだけでなくシニカルな視点もあるが、全体のテイストが幼い。「いじめ」の構図と手法が色濃く出過ぎた感も受けた。
オーディエンス賞にも触れておく。
井田亜彩実『魚は痛みを感じるか?』は力作である。男女5人のダンサーが「魚たちの物語」を紡いだと思しい。ダンサーの錬度高くダンス自体に惹きつけられるし、照明や水槽のオブジェなど美術も考えられている。ただ、井田なりの着想や表したいことはあるのだろうが実演に接する限り何をしているのか分からないというのが率直なところ。私の感度が鈍いだけではないと思う。意味を説明する必要はないが提示の仕方を再考すべきだ。
以下、個人的に特に注目した、あるいは審査の際に話題になったものについて触れる。
神田彩香と夢見るマートルズ『白熊パイン・フラミンゴの冒険』のパフォーマンスには幼さも残る。でも、照明や衣装・音楽・唄ふくめ独自の世界を立ち上げ好感触だ。
杉田亜紀『りじりじり』は意表を突く動きを丹念に積み重ねる異色ソロ。
UIUI『それ。と、これ。』は持ち味のはつらつとしたダンスをみせるための前振りに説得力が増した。
藤井友美『月笑い、うたう唄』はミニマル・ダンス志向で仕上がりは悪くない。
竹之下亮『ざま』は女性とのデュオ。随所にアイデアとみどころがある。観客のおばちゃんの乱入!は衝撃的。
岡野・桜井・細川『FLAP』の、モダンやポストモダン、コンテンポラリーといった枠に捉われず身を削って生み出した動きの連鎖は手ごたえ十分だ。
GRILLED BITCH CONTROL『the MEXICAN』は映像とダンスの絡みあいが刺激的で今後が楽しみ。
武藤浩史『矢』は昨年に続きあの手この手で「ダンスって何?」と問う。智略が冴える。
塚田亜美『みえないところで、みえること』のセンス良くユーモラスな作舞に感心。
石井則仁×添光『時雨時』はインド奏法のヴァイオリン奏者の調べと共振し緊張感を漂わせた。
中村理『ゆめゆめウツツ』は個性的なキャラクターを活かした豊かな語り口が大変に魅力的。
中原百合香『ピンクブルー』は7人の女性とひとりの男性をめぐる話をうまくダンスに仕立てた。
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