「人が人を想う気遣いや優しさが、一方通行となって他者に伝わらないもどかしさ。社会生活を営む上で生じる人間関係のズレが、障碍者を巡る物語を通して露骨に描かれる。より良く生活し、そして人間らしく在るとはどういうことか。複雑な倫理を突きつける作品の再演(初演2014年)だった。
城田歩(海老根理)が住むマンションの一室。彼は知的障碍のある兄・智幸(辻響平)と同居している。下手にダイニングキッチン、上手に居間。居間の襖を開けると智幸の寝室がある。生活感のある空間がリアルに設定されている。
城田兄弟の家には、智幸を障碍者枠で雇用している工場の社長・桜田かおる(工藤さや)や社員の仲村千春(田山幹雄)、寺田茂(黒澤多生)、そして兄弟の幼馴染・西ゆかり(舘そらみ)がたびたび訪れる。上の階に住む三上(尾﨑宇内)も、頻繁に城田家に闖入する。彼の目的は、智幸が処方されている薬の一部を譲り受け、ネットで転売するため。歩は三上の存在を知らないようだが、智幸とは近況を報告したりじゃれ合う既知の間柄である。周囲の人々に支えられながら、城田兄弟は生きている様子が看て取れる。
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歩には恋人の芹舞子(幡美優)がいる。舞子と結婚する準備として、歩は智幸と共に勤務する工場でアルバイトから正社員になった。だが舞子の両親からは、智幸との同居を反対されており、二人は結婚の目処が立たない。苦慮した末に歩は、施設への入所を智幸に提案し了承を得る。その前に、智幸は弟に迷惑をかけたくないと三上に相談していた。歩の立場を智幸なりに理解する場面が示すように、登場人物それぞれの想いが丁寧に描かれる。
智幸の36歳の誕生日パーティーを皆で催した夜。そこには智幸が恋心を抱いている、同じく障碍者雇用されている同僚の常田加奈子(井上みなみ)とその母親・咲江(木崎友紀子)も招かれる。その席で、智幸の施設への入所を歩が報告してからが、本作の見所となる。智幸を雇用し、家族のようにこれまで親しく接してきたかおるやゆかりは、自分たちに相談なく決めた歩を冷たいと断罪する。対していずれ智幸の義妹になる舞子は、都合の良い時にやって来て家族面する彼女たちの言葉は無責任に聞こえる。両者の間で板挟みとなる歩は、ついに「うるせぇんだよ!」と感情を爆発させてしまう。様々な人間関係で分かり合えなさが露呈する。しかしその修羅場の裏側には、うまく伝わりはしないものの愛情が底流している。だからこそ、智幸とはグループホーム時代からの知人である林保(岡野康弘)が言うように、全員の言う事が正しく、そして間違ってもいるのだ。簡単には答えの出せない問題が、両義性を保ったまま舞台に投げ出される。
その象徴が、智幸と離れ離れになることを察知した加奈子が、「智君とセックスする!」と叫ぶシーンだ。智幸の寝室に入って彼にくっつく加奈子を、母親や周囲の者が引き離しにかかる。それでも加奈子は、何度も先の台詞を連呼して激しく暴れる。障碍者も一人の人間として、性欲を当然に持っている。そのことを露悪的なまでに描くことで、普段ないものやありえないものとして処理している問題があること。その点への気付きが与えられてハッとさせられる。他者理解の不十分さが、いかに決め付けや思い込みによって生じているか。障碍者の欲望を露にすることで、そのことを劇的に描き出すのである。
障碍者を演じた辻響平と井上みなみの確かな演技には、目を見張るものがある。また「普通」の幸せを求めるあまり、歩に静かに詰め寄ったり急に誕生日ケーキを壁にぶつけてキレる幡美優や、尾﨑宇内の不気味な存在感も印象深い。全体的に漂う不穏な雰囲気や、息が詰まるような淀んだ空気が本作の基調である。そのトーンを俳優たちがしっかりと創っていた。
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