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梅原宏司
近畿大学講師  
「―ベケット『芝居』を上演する―」

die pratze<現代劇作家シリーズ6>サミュエル・ベケット『芝居』フェスティバル
2016年4月27日(水)~5月8日(日)@d-倉庫




楽園王



  今年のd倉庫「現代劇作家シリーズ」フェスティバルの課題戯曲は、ベケットの『芝居』であった。参加したのはAntikame?、楽園王、名古屋から参加した双身機関、台湾から参加したTAL演劇実験室、初期型、疎開サロン、IDIOT SAVANT、7度の8カンパニーである。

  『芝居』を簡単に説明しよう。真っ暗な舞台に3つの壺があり、その中から3人の首が出ている。「女1」、「女2」、「男1」の3人はスポットライトが当たるたびに、3人の間で起こったプチブル的色恋沙汰を語っていく。そしてどうやらこの壺は骨壺らしい。3人はスポットライトに当てられながら、終わることなくしゃべり続ける……これがだいたいの『芝居』の内容である。

  参加した8カンパニーは、この極端な戯曲にどのように取り組んだのだろうか。乱暴ではあるが、「壺」(あるいはそれに類するもの)の拘束を強調した演出と、「視線・スポットライト」を重視した演出に便宜的に分けてみたい。

  まず、「壺」的なものを強調したカンパニーを挙げていこう。IDIOT SAVANTは、d倉庫の完璧な縮尺模型を制作し、その中に壺に入った3人の人形を配置した。そしてそれをカメラで撮影し、スクリーンに投影するという手法をとった。また双身機関は、壺を思わせる舞台装置から3人の顔が出ているという趣向を用いた。TAL演劇実験室は、登場人物が舞台上を輪を描きながら歩き続けるという演出を行ったが、これも「輪」という拘束に人物が縛られているという解釈をすれば、「壺」的なものに拘束されているという見方ができよう。

  これらと少し異なるのが、登場人物が紙を見ながら演じることによって「ベケットの台詞を朗読する」という行為を強調した楽園王、「男1」をカットすることによって逆にその視線を感じさせた7度であった。しかしこの2つのカンパニーも、ベケットの設定を強調したり、設定に背くことによって逆にそれを強調したということでいえば、「壺」的なものへの拘束を強調したカンパニーと同じような志向が見られたといえるだろう。

  他方、視線・スポットライトを重視していたのは、スポットライトを持つ人物をはっきりと強調し、さらにそれとあらがう人物をも提出したAntikame?、ベケットの他の諸作品に言及しながらも昨年のサルトル『出口なし』に近い演出を行った初期型、タキシードとドレスの舞台衣装でショータイム的な演出を施した疎開サロンであった。


疎開サロン©笛木雄樹

          

  こうした分類を行うことによって何が見えてくるのだろうか。それは、ベケットのアクチュアリティをどのようにとらえるかという問題である。

  まず、ベケットといえば、余計なものをどんどんそぎ落とし、極端な物的拘束を行っていった劇作家という印象が強い。『芝居』も、登場人物を壺に押し込んで、余計な動きをさせずに言葉を聞かせるという手法を取っているのである。この物的拘束を強調するという演出法はある意味忠実にベケットに取り組んだといえる。

  しかし、ベケットは哲学者ジョージ・バークリーの「存在することは知覚されることである」という教えを信奉し、「見られていなければ存在しない」という考えでも戯曲を書いている。これは「視線の地獄」を描いたサルトルの諸作品にも共通する傾向である。この側面を強調する演出方法も当然ありうるのである。

  いずれにせよ、ベケットの『芝居』からは、壺という物的な拘束と、視線という精神的な拘束の2つが読み取れるのである。この2種類の拘束にとらわれた現代の人間は、どのように生きることができるのだろうか。今回のフェスティバルに参加した8カンパニーは、こうした拘束と格闘することによって、現代の人間が生きていくための条件を提示する試みを行ったといえるだろう。





[artissue FREEPAPER]

artissue No.007
Published:2016/08
2016年8月発行 第7号
観客参加型演劇

「リアル脱出ゲームと観客参加型演劇」(日本)  大塚正美
「イマーシブ・シアターの到来が意味するもの」(イギリス) 中山夏織



 

「スポーツ身体の登場しないスポーツ劇」 北里義之
「現代の前衛はどこにあるのか?〜「シアターゾウノハナ」からの考察
                     藤原ちから

「―ベケット『芝居』を上演する―」 梅原宏司


 
「前衛と私」 カゲヤマ気象台 / sons wo:主宰
「機能の総合体」 白井愛咲 / ダンサー・振付家