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萩原雄太 劇団「かもめマシーン」  
「演劇の『豊かさ』について」




  福島の路上で作品を上演したり、スキー場跡地の斜面で俳優をぐるぐる巻きにしたり、銀座の雑居ビルの屋上で絶叫したり、かと思うと普通に劇場で公演をしたり……傍から見れば支離滅裂なように見える僕らの活動に共通点があるとすれば、それは「豊かさ」ということになるかもしれない。

  もう、7〜8年くらい前のことだったと思う。
  公演の取材のために、失語症患者の支援グループの集まりを見学させてもらった。新宿区内の公民館で行われていたその集会には、確か数十人の人々が集っていたはずだが、もうほとんど記憶は朧気だ。多くは、脳溢血などの後遺症で、失語症を患った人々だったと思う。
  習字の時間だった。失語症患者は、喋れないだけでなく、文字を認識することも困難となる。彼らは何を書いていたんだろうか? 大きな窓から陽射しが注ぐその部屋の後ろの方で、僕は十数人の大人たちが、悪戦苦闘しながら半紙に文字を書き付けている様子を眺めていた。
  そこに、老夫婦がいた。70歳か、それとも80歳か、その夫婦のことを僕はしばらく観察していた。椅子に座った夫は、筆を手に取り、立ったままの妻がその手を取って書くことをサポートしている。それは、彼らの存在を現すに、十分すぎるほど十分すぎる姿だった。
  そのふたりが醸し出す雰囲気は、ある信頼関係で結ばれていることをくっきりと明示していた。夫は、おそらく喋ることはできないのだろう。しかし、妻の方はやわらかく、時には見ているこちらがドキッとするような粗雑さでその手をたずさえている。そこに浮かび上がるのは、人と人の関係性なんていう薄っぺらなものではなく、「時間」とか「歴史」という言葉で表現されるような厚みのあるものだった。周りの人々から切り取られたかのように見えるそのふたりは、おそらく、とても丁寧に相手との関係を紡いできたのだろう。言葉を介さない彼らの関係は、「豊か」という言葉を体現するにぴったりだったし、語弊を恐れずに言うならば「美しい」とさえ感じた。
  もちろん、これは演劇ではないし、彼らは俳優ではない。けど、それまで見てきたどの演劇作品よりも豊かであった。どうして、僕は、彼らが失語症であるという他に何の説明も受けていないのに、彼らをはっきりと理解できてしまったのか? あるいは、どうしてそのように妄想することができてしまったのか?
  演劇は、人間を現すことができる表現だと言われる。僕もそう思う。ただ、ここで言う「人間」とは「行為」や「行動」でも、「感情」や「心理」でもない。輪郭線を超えて「存在」そのものが溢れ出すようなものだ。そんな豊かさに触れることが演劇の喜びであり、それこそが、舞台上の「嘘」を「本当」にすると考えている。





劇団「かもめマシーン」
07年設立。主な作品に、福島の立ち入り禁止区域ギリギリの路上で上演した『福島でゴドーを待ちながら』(11年)、「AAF戯曲賞」を受賞した『パブリックイメージリミテッド』(12年)など。16年、『しあわせな日々(第二幕)』で、利賀演劇人コンクール優秀賞受賞。 劇団HP

次回公演
劇団「かもめマシーン」『俺が代』
2017年2月17日(金)~19日(日)@STスポット横浜




[artissue FREEPAPER]

artissue No.008
Published:2017/02
2017年2月発行 第8号
 

  1.交錯する批評 OM-2『9/NINE』
      「沈黙と騒音」   北里義之
      「前衛劇であること/ないこと」   西堂行人
      「刻み続けるリズムによせて―OM-2『9/NINE』評」   宮川麻理子
      「我もまた父親殺しの共犯者―OM-2の『9/NINE』を観て」三宅昭良
  2.世界の演劇vol.2 台灣演劇の今
      「日本を越えたテント芝居」   林于竝(台灣)



 

「維新派の旅は「死者」に始まり、「聖女」で終わった」九鬼葉子
「転がる若人に苔は生えない」鈴木励滋
「弓と音楽」塚本知佳


 
「ここで生きていたい」波田野淳紘 / 820製作所
「演劇の「豊かさ」について」 萩原雄太 / 劇団「かもめマシーン」